ラダック現地情報
 
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 ■ 2010年度のラダックニュース 

     Vol.66  ラダック洪水現地情報   2010/11/29
11月26日
Omar Abdullah主任大臣は、電気需要量が増加しているレーの4.5MWディーゼル発電所に8000万ルピーを拠出した。チョグラムサルの洪水被災者に対しては、最近は太陽光発電居住地も増加している。
Abdullah大臣はレーを訪問し、158名の洪水被災者が生活するチョグラムサルの太陽光発電居住地を含め、様々な場所を訪問し復興作業を視察した。またピャンを訪れ、洪水で流された950カナルの農地を開墾するため1500万ルピーを支出することを報告した。大臣は地元政府や政府の農業関係者に対し、次の種まき時期までに開墾作業を完了するよう尽力するよう伝えた。本作業に向けてCommand Area Developmentの管理のもと総合的なプロジェクトが準備され、インド中央政府から資金が導入される予定である。

11月22日
3ヶ月以上のテント生活を送ったラダックの洪水被災者たちは、洪水後新しく建設された住居に移り住み始めたが、未だ建設作業は完了しておらず被災者の多くが屋外の冬の厳しい寒さのもとに暮らしている。
チョグラムサルからの約160家族が、電気や水が確保されていないにもかかわらず新しい住居に移住している。政府は各住居の建設につき20万ルピーを拠出したが、多くの人々がこの額は十分でないと感じている。集中豪雨で14歳の娘を亡くした35歳のStanzin Dolma氏は、30万ルピーを自己資金から出費しなければならず、友だちや親戚など多くの人々から支援を受けている。
夜間には既に0℃を下回る気温に落ち込みテント生活はより厳しい状況になっているにも関わらず、建設予定の650軒のうち、多くは未だ建設中である。「大変なことがたくさんある。冬は始まったのです。夜間は赤ちゃんを3枚のブランケットにくるんで寒さをしのがせています。」と地元の住民が語っている。
ラダックの洪水被災者の状況は非常に困難なものに陥っている。なんとか生活している人々もいるが、多くの人々がトラック・ターミナルに設置されたテント居住地で命を落としている。ラダックの冬が始まれば、降雪は日常的になり被災者の生活はますます苦しくなる。

※以上は、インドのニュースをまとめたものです。

 

     Vol.65  ラダック洪水現地情報   2010/11/22
11月20日
イタリアの団体I NEEDはラダックの洪水被害に向けたチャリティ展覧会と作品のオークションを実施した。展覧会はラダックでの被災時に現地に滞在していたイタリア人カメラマンによる写真作品の展示で、彼がイタリアへ無事に帰還したあと20名以上のデザイナーやアニメ作家を連れて同地へ再訪問。現地でインスピレーションを受けたアーティストたちがそれぞれの作品を発表し、オークションにかけて現地への支援金を募った。

11月16日
洪水被害を受けたレーやパキスタンにおけるOxfamの事業を支援するため、世界中の著名な芸術家が集い、ラッフル販売(チケットを販売してくじ引きで景品を獲得する)のため100点以上の作品を無料で出展した。美術館の館長であり、今回の活動に際し芸術家とドナー、他の美術館の架け橋となっているShireen Gandhy氏は、11月8日19時からムンバイのChemould Prescott Road Art Galleryにて実施されたイベントのホスト役を務めた。Oxfam Indiaの最高経営責任者のNisha Agrawal氏は参加者に対し、Oxfam Indiaが実施してきたラダック各村での復興活動やOxfam Internationalが成果を上げたパキスタンでの活動、及び各地での復興活動に対する1億ドル調達目標について説明した。今回の取り組みにより2,000万ルピー以上が得られたとのことである。

11月15日
集中豪雨から3ヶ月が経過したが、NGOや各民間団体から予定されていた復興・リハビリ援助は多くの場合、未だ“約束”にとどまっている。8月4日の洪水と土砂崩れによる死者は234名とされ、630戸以上の家屋が破壊された。
500戸の家屋建設を約束していたNGO、Samarpanの建設実績は2戸、非政府組織であるThe Confederation of Indian Industryは13軒を建設予定であったが未だ2軒である。政府組織を含め約32団体が州へ援助を申し入れているが、Samarpanによるとこれらの申し入れは地域政府や支援活動を実施している軍から許可が下りず、支援事業を完結させるタイムフレームさえ設定できていない状況とのことである。
政府関係者はこの点について、「NGO団体、特にSamarpanのような団体は、政府から彼らの活動に必要なサポートの全てを提供されており、技術者さえ派遣されている。しかし彼らが挙げた成果というのは、大方ゼロとしかいえない。」と反論している。非政府の産業連盟から派遣された2名は1ヶ月以上、レーの最高級ホテルの一つに滞在しているといわれているが、その宿泊費は一泊6,000ルピー。彼らの宿泊費の総額で家屋2戸が建設可能であったともいわれている。
ブランケットを含む支援など多くのNGOの復興活動は、最も被害の大きかったレー付近のチョグラムサル村に限定されている。場当たり的な配給方法により、限られた数家族には7枚のブランケットが配給されている一方、多くの家族に1枚も渡されていないという現状がある。洪水により家が流されてしまったチョグラムサルの住民であるT. Wangchoo氏は次のように語っている。「NGOからは何ももらっていない。政府は私たちに何の誠実性も示していない。これから厳冬をむかえ、私たちの運命は一体どうなるのだろうか。」

※以上は、インドのニュースをまとめたものです。

 

     Vol.64  ラダック洪水現地情報   2010/11/19
チョグラムサルのソーラーコロニーと呼ばれる場所に、政府が167家庭に建設中の家は、ほとんど完成間近とのことで、今日にでもテント生活から移ることができるようです。台所とリビングの2部屋の家は、プレハブでできた部屋と日干し煉瓦で作られた部屋が組み合わさった家で、被災者も建築を協力しました。中央政府からの一つの家庭への予算は20万ルピー(約40万ルピー)でした。

家は完成しても、まだ電気が通っておらず、水も政府の給水車から汲んでいます。部屋の暖房のために、ガス暖房を47家庭に供給したNGOもあるようですが、それ以外の家は、まだ暖房がない状況です。

現地スタッフによると、そこで聞いたニーズの優先順位は、子供への教育のようでした。洪水で家も財産もなくなってしまって、子供に良い教育を受けさせられない不安を抱えています。また、今後も今回のような被害がないように、川の近くにコンクリートの堤防を作る必要性も訴えています。
そして、今回の被害によって失った畑は、彼らが今後生活していくのにとても必要な物になっていきます。

他の村でも、プレハブの家の建設はほとんど終わってきており、多くの村で主要な橋も再建されています。道路は通行可能ですが、まだ完全に修復はされていない場所もあります。

しかし、レーのバスターミナル周辺の人々は、まだテント生活をしており、政府からは建設のための新しい土地を与えてもらっていない情況です。

 

     Vol.63  ラダックニュース   2010/11/15
11月10日
・中央政府から任命された2名の発問者は、各組織によるラダック地方の顕著な発展を賞賛した。訪問中、彼らは議会やLAHDC(ラダック自治山間開発会議)、People’s Democratic Partyなどの政治組織メンバーと様々な論点について協議した。また継続的な対話の展望を確認し、ラダック全体を発展させるため様々な分野の専門家と交流をもった。
発問者の一人であるRadha Kumar教授は「政府による急速な開発により、ラダックは一般的に考えられているよりも“経済的上昇”がみられる。ラダックで進んでいる開発のスピードを感じることができ、新しい道路や建築物、市場の形成をみると、この地方が経済的に上昇していることが明らかにわかる。」とコメントしている。
しかし他方の発問者であるMM Ansari氏によると、この地の人々は開発について“素晴らしい”仕事がなされたと感じ、その成果に好意的な反応を示しているが、それはインフラ整備における障害を除いた見解である。以下Ansari氏のコメント。
「我々がここで感じる主な相違点は、人々が我々に対してインフラ整備の大きな欠陥について語ることである。彼らはまた、この地に大学などの高等教育機関が減少していることや、彼ら自身の言語や文化が無視されていることを主張しており、我々はこれを検討する必要がある。しかし同地の開発局の仕事は素晴らしいもので、住民たち自身も、自治権を与えられればより多くの変化を起こすことができるだろうと信じている。」
Ansari氏はまた、人々に自治権が与えられれば、ラダック議会もこの地方により多くの変化をもたらすことができるだろうと述べている。

・All India Congress CommitteeのRahul Gandhi氏がレーの集中豪雨及び洪水被災地を訪問した。Gandhi氏は集中豪雨で最も被害の大きかったチョグラムサルとション村を視察し、州政府関係者によりこれまでの復興作業について説明を受けた。氏は被災者の生活が冬期中、困難に陥らないよう今後の復興作業への支出の必要性を強調した。

11月9日
・通信需要マネジメント、BSNL Lehの技術者からなるチームはヌブラを訪問し、同地の電話通信システムで生じている問題の解決に着手した。8日朝のミーティングでは、各地議員がヌブラのBSNLにより生じた現状の懸念について提議しており、またパナミック、スムル、デスキィットでの電話通信機能の稼動を性急に実施し、テガルとデスキットに設置された携帯電話電波塔も、できるだけ早く完全に機能するよう運営する必要があるとされた。BSNLは議員たちに対し、何らかの技術的な問題によりヌブラにおけるシステムが適切に稼動していないため、技術者たちが現地で対応すると述べた。

・ジャンムー・カシミール州から2名の発問者、Radha Kumar教授とMM Ansari氏がレーを訪れ、ラダックの政治、社会、宗教関連の各組織の代表者たちと面会した。この面会はラダックの人々の政治的目標を確認することを目的としており、ミーティング後の翌日にはレーのリーダーたちと共にカルギルを訪問する予定である。

11月8日
Imam Khoemeini Memorial Trust Kargil(IKMTK(若者主体の団体))はカルギルから洪水被害者慰安のため3,500万ルピーをLAHDC(ラダック自治山間開発会議)レーの議長に譲渡した。議長のShri Spalbar氏はカルギルのこのような支援は、ラダック・レーとの関係を強化するものでもあり大変喜ばしい動きであるとしている。IKMTKはこのほか、洪水によりレーへの道が閉ざされカルギルに取り残された100名に対し日用品を支給する等の援助も実施している。

※以上は、インドのニュースをまとめたものです。

 

     Vol.62  ラダック洪水関連ニュース   2010/11/8
11月7日
Sustainable Environment and Ecological Development Society(SEEDS)IndiaとLEDeGチームは、シェイにて洪水被害に遭った6家族に対するシェルターを建設中である。SEEDS-LEDeGシェルタープロジェクトでは地元の土壌を原料とした安定圧縮土壌ブロック(SCEB)を使用し、強度と耐水性を備えた建造物の供給を実施している。洪水による建造物の倒壊や大きなダメージをもたらした原因の一つは、それらが耐水性や安定性のない地元の泥や石を原料とした煉瓦で建てられていたためである。SEEDS-LEDeGチームとボランティアはSCEBの生産から導入し、約45名で一ヶ月間かけ2,000個を生産した。同チームは被災した家族に対するSCEBを使用した家屋の建設だけでなくラダック式トイレも付設している。戸数としては未だ限られているものの、これらの家屋は人々に、将来的な洪水に対してもより安全な防災設備となるであろう。同チームはラダックの冬期直後にこの再建作業を終え、その後地元の建築関係の労働者に対しSCEBを使用した建築に関するトレーニングを実施する予定である。

11月1日
The All Ladakh Student Association Jammu(ALSAJ)は洪水被災者に対するメモリアル・カップ2010-2011として11月1日から一週間、スポーツ大会を開催した。競技の内容は男子サッカー、男子女子バレーボール、男子女子綱引き、学生対象のスプーンレース、男子女子400mリレー、女子100mリレーで、多くの洪水被災者が参加した。大会はALSAJの会長Dorjey Angchuk氏の開会挨拶から始まり、この大会が若者の才能の開花や協調性の向上を促進するであろうことを指摘した。

10月31日
Bharatiya Janata Party(BJP)は国家政府に対し平和的和解を目指す過程において“カシミール中心”のアプローチをやめることを提唱し、United Progressive Alliance(UPA)に対しても州の継続的な平和維持に向けてジャンムーやラダックの人々も政策に含めていく必要性を訴えた。インド議会は未だ、初代首相のネルー氏の頃に制定されたカシミール中心政策で進められており、これらの政策が平和や正常な状況をもたらすのでなく現状を悪化させているとの声がある。

※以上は、インドのニュースをまとめたものです。

 

     Vol.61  ラダック国内線   2010/11/1
10月2日よりデリー~レーの国内線に、新たな航空会社であるGoAirの便が加わりました。そのためキングフィッシャ―のデリー~レー便は、10月末で終わりになりました。GoAirでは、日程によってはかなり低価格なフライトもあり、今後、人気が出てくるかもしれません。

 

     Vol.60  ラダック洪水関連ニュース   2010/11/1
10月31日
Union Home大臣のP. Chidambaram氏は、ラダックの洪水被害に対するインド首相復興プログラムの一環としてConfederation of Indian Industry (CII)によって建設された13家屋の鍵をレーの住民に受け渡しました。Chidambaram大臣は30日にジャンム−カシミール地方の気温が低い砂漠地域にある村々を訪問し洪水による被害を受けた家族の状況を視察しました。CIIは一戸につき50万ルピーの13家屋を建設中のSaboo村の復興にあたっています。大臣は20分ほど建設地を視察、村民たちと交流し、各部屋を回りCIIのチームから家屋の建設に利用された資材や技術に関する説明を受けました。2戸は既に完成し、11戸は2011年3月~4月初期に完成する予定です。

10月28日
ラダックで必要不可欠となる日用品の冬季中の貯蔵を確保するため、スリナガル~レー間の道路が11月15日まで開通続行されることになりました。本件は28日に実施された運輸大臣Qamar Ali Akhoon氏と輸送・交通関係者、BROによって実施された会合で決定されました。同会合で、スリナガル~レー道路での重量車のラダックへの定期的な往来が認められ食糧等の護送が10月31日から開始される予定となりました。
Sonamargの橋ばかり(地面に埋め込まれた計量台)は午前8時から午後6時まで開通することになり、トラックターミナル付近には新しい橋ばかりも設置される予定です。Akhoon大臣は各省庁に対し、道路閉鎖前にラダックへの物資輸送が迅速に行なわれるよう呼びかけています。

10月25日
ジャンム地域をベースとするNGO、Youth movement for peaceによって誘拐された28名の子どもたちが、両親の元に帰るためラダックへ送還されました。子どもたちは洪水後にラダックから行方不明になっていた子どもたちで、容疑者5名がNGOスタッフとしてこれらの子どもたちを誘拐したとして逮捕されました。現地警察によるとこのNGOは子どもたちの移送に関し正規の手続きをとっておらず地方政府にも報告していなかったようです。また子どもたちの回復のために寄付金集めをしようとしていたとの情報もあります。ジャンムーで子ども達に教育を受けさせようとしていたYouth movement for peaceは容疑を否定しています。

※以上は、インドのニュースをまとめたものです。
10月14日付のニュースでは、生活必需品の備蓄が完了したとのニュースがありましたが、更なる日用品の確保のため、天候に問題がなければ輸送されるようです。

 

   Vol.59  現地の物資状況   2010/10/29
10月14日

洪水の被害をうけたレー地方で、冬の到来の前にジャンム・カシミール政府による、食料、石油製品などの生活必需品の備蓄が完了しました。冬の間、レーとカルギル地方は、交通が遮断されます。スポークスマンは、1万6313トンの米、1万6215トンの小麦、1242トンの砂糖がレー地区に備蓄され、1万2171トンの米、7千トンの小麦、1181トンの砂糖がカルギル地区に備蓄されたと発表しました。この地方では、厳しい冬の到来の前に毎年、生活必需品の備蓄をおこなっています。

スポークスマンは、13万2千本のプロパンガスのボンベをレー地区に、7万1516本のボンベをカルギル地区に備蓄し、また、約2千8百キロリットルのケロシンをレー地区に、そして、千キロリットルをカルギル地区に備蓄したと発表しました。

10月12日

レーの洪水被災者のために、毛の衣料や、ブランケット、キルトなどが、いまだ寄付されていますが、現在その数は必要以上になっています。被災者キャンプの人々へは、すでに衣類など必要な数がそろっています。現在地方当局は、余ってしまった衣類やブランケットなどの処理に困っています。
「時間の経過とともに被災者の必要とするものが変わってきています。現在、被災者は、この地方では手に入りにくい香辛料、豆類、圧力釜などを必要としています」とレーの副本部長T アンチョック氏は語りました。

被災者援助のコーディネーターのチーフ、ジグメット・タクパ氏は、「現在われわれは、救済物資を必要としていません。現在必要なのは、多くの家を建てるための技術者です。この地方は高度が高いため、この地方に適した家を建てるための技術者を必要としています」と語りました。


※以上は、インドのニュースをまとめたものです。

 

     Vol.58  復興状況視察   2010/10/27
10月23日

・ジャンムー・カシミール州首相オマール・アブドゥッラーは22日、レー被災地の復興状況を視察。(Solar Colony、Choglamsarといった被災地域を視察し、157軒が予定されている被災者用家屋建設の状況を視察した他、Sonam Narbu Hospitalなど公共施設の復興状況を視察。)レーにおける各分野の復興作業進行状況に満足の意を表明した。

・22日には州首相のレー訪問と同時に、インド首相マンモハン・シンが(以前約束した通り)11月中にレーを訪問し、復興状況のチェックを行うことも発表された。シン首相は11月2日の国民会議派特別集会、5日のディーワーリー祭公式祝典、6日から9日にかけてのオバマ・アメリカ大統領インド訪問、9日から始まるインド国会冬季セッションなどを控え超多忙だが、何とか時間を見つけてレーを訪問する予定であると発表された。

※以上は、インドのニュースをまとめたものです。
vol.57のニュースでは、家屋の復旧作業は未だ進んでないとお伝えしましたが、州首相の視察状況では、満足という報道がされています。引き続き、現地スタッフからの現地の情報をお伝えしていきます。

 

     Vol.57 家屋建設状況について    2010/10/25
発生直後から政府や軍、そして各NGOが積極的に動き、緊急支援の物資や橋の復旧などに取り組み、インドのシン首相は、ラダックの厳しい冬が始まる前に約25億の予算を使って家を復旧させると8月に発表しましたが、10月末現在でも、まだ家の基盤ができた段階です。

政府によると、今年中に家を完成させるのは技術者が不足しているため難しく、各家では台所と一つの部屋しか作れない様です。チョグラムサルのキャンプサイトでは、167家庭の受益者がいますが、そのうち10家庭は自分が所有している土地に、家を再建したいとのことで、受益者は157家庭です。また、現地NGOのLEHOとデリーの教会の援助により、ティア村からハヌーまでの壊れた家の建設を計画中ですが、まだ建設場所が決定しておらず、今年中の建設は難しいかもしれません。


 

     Vol.56 ラダックの気候変動について    2010/10/25
10月19日

8月6日、ラダックでの集中豪雨は1時間に250cmもの雨を降らせたと言われている。
この悲劇がトラウマとなっているたくさんのレー在住者の一人Pintoo Narboさんは、“私たちはラダックの今までの歴史の中で、このように悲惨な災害は聞いたことがない”と話す。

しかし、8月以前にも、241ある村の人々達はすでに彼らの今までの生活方式に影響を出し始めている最近の天候、気候の変化について、疑問を持ち始めていた。

Chawang Norphelさんはカルドンラ氷河の上を仲間の村人と一緒に歩いていた日々をはっきりと覚えている。しかし、その氷河は今では完全に無くなってしまい、ストック・カングリの氷河も早い速度で消えていっていると話す。

ラダックのNGO、ラダック栄養プロジェクト(以下、LNP)のLobzang Tsultimさんは、「私たちの住む地域は緑の少ない不毛地帯として知られ、人々は少ない氷河から水を得ています。しかし、ここ数年これらの氷河は減っていて、水不足のせいで、私たちの限られた牧草地も干ばつに見舞われています。」と述べている。

農家のTashi Namgiyalさんは、「冬はどんどん短く暖かくなっている。雪は降ってもすぐに溶けてしまう。彼によると、ザンスカール川が凍ることによって通行できる氷の回廊は、前なら12月から3月までがシーズンだったのに、最近では1年に2ヶ月ほどしか通れない。また、最近では、標高の高い位置にある村々にも害虫が見られるようになり、麦の植え付けや収穫の時期も変わりつつある。」と話す。

スタクモ村のSonam Tundupさんは、「私たちは農業しか知りません。もちろん、子供たちも私たちの農業に頼っていくしかありません。もし水がなくなれば農業ができなくなります。そうすれば、子供たちはいつかラダックを離れ、水を求めて他の地に行かなければならなくなるでしょう。」と、心配そうに語る。

しかし、LNPのTsultimさんは、「この気候変化に順応する方法がいい方向性なのでは。順応するか、滅びるかしかない。」と言う。たしかに、先進国から発せられる温室ガスなどによって、私たちの問題ではないはずの事に対して、賠償を払っているということも言える。しかしこの変化に順応することを考えなくてはいけない。

今回の洪水は作物を流しただけではなく、たくさんの耕された土も流してしまった。公表されている数字によると、洪水の影響を受けた土地は1420ヘクタールで、麦、野菜を含めた51%の作物にも及んだ。

現地NGOのSave the ChildrenのRobert Folkes氏は、“被害は多岐に渡っている。農家は、耕地から泥などを取るために、機械や人の手が必要ではあるけれど、彼らには灌漑施設の修理をしてくれる自治団体などの助けが大変重要だ。”と述べている。

※以上は、インドのニュースをまとめたものです。

 

     Vol.55 ラダック洪水関連ニュース    2010/9/13
9月12日
・シェイ村のThe Druk White Lotus Schoolが、洪水により親を亡くした42名の孤児の養育を受け入れた。子どもたちは3~16歳でレー周辺各地の一時避難キャンプから集められた。最高責任者のKamal Thakur氏によると、被災2週間後の8月20日にこれらの孤児を招集する10名の教師からなる対策本部が設置された。対策本部のメンバーは村の各地へ散り、子どもたちの親戚や被災地に住む村民から情報を収集し保護を必要とする子どもたちの選定を実施してきた。「1つのチームが情報の確証をとった後、別のチームが更にその情報を確認し、特に支援が必要な子どもたちを確実に支援することを最優先事項としている。」とThakur氏は語っている。子どもたちはイグー、チョグラムサル、タル、またダスガオンから集められており、今後も15名の情報が再確認リストに残っており、彼らも一週間以内に保護される予定である。
・同学校のトイレは全て破壊されたため、オックスファムが24個の仮設トイレを設置した。学校の基本的な機能は整っているが、完全な復興には今後半年間を要すると見込まれている。オックスファムは既に、支援を必要としている10校をリスト化している。現在これらの学校はテント内での授業を実施しており、最も求められるのはインフラ整備だと同団体のプログラム・オフィサーであるMamata Prahan氏は語っている。下痢や皮膚病の事例も確認されており、学校における健康衛生プログラムが50校以上で始められている。

9月11日
・オックスファム・インドの大使である俳優Rahul Bose氏は11日、洪水で被災したレーの住民の様子を視察し、冬季が始まる前に彼らの安全なシェルターを設置することがインド政府の責任であると言明し、「オックスファム・インドは今後も被災者に対するシェルター確保に関する政府の動向を追っていく。」と話している。

9月10日
・ダライ・ラマ氏は9月13日、洪水で家族を亡くした人々を慰安するためレーを訪問し、レー・ジョカン(お寺)にて祈りを捧げる予定である。

9月8日
・アジアで唯一のモーターバイクイベントであるThe Ride-de-Himalayaでは毎年、多くの参加者がヒマラヤ山脈でツーリングを楽しんでいるが、今年はラダックでの洪水被害と被災者の状況を配慮し、同地区をコースに含まないことが決定された。
・インド政府の調査によると洪水による死者数は13名のネパール人、6名の外国人観光客を含む、少なくとも185名であり、500名以上が現在も負傷した状態である。また34村、約10,000名、農耕地1,400haが被害を受けたとされている。
A.K. Antonyインド防衛大臣は8日レーを訪問し洪水及び集中豪雨による土砂崩れへのインド軍の復興作業と現地の状況を視察した。大臣は軍の働きを激励し、またレーの近隣村も訪れその被災状況を確認した。被災村の復興段階は、未だ序盤に立っているにすぎない。

※以上は、インドのニュースをまとめたものです。

 

     Vol.54 ラダック洪水関連ニュース    2010/9/6
9月4日
被災したラダック住民への義援金収集のため、近年精力的に活動している写真家の作品を扱った3日間にわたる写真展がインドのニュー・デリにて開催された。本写真展はReliare ArtとNDTVライフスタイル基金が被災者支援のために指揮を執ったものであり、主にラダックで撮影された写真が展示されている。

9月3日
芸術文化執行委員のTsering Wangchuk氏は、インドで主要なテレコミュニケーション会社BSNL(Bharat Sanchar Nigam Ltd.)が、ヌブラ全域の携帯電話サービスを繋ぐ電波塔を稼動させたことを評価した。Wangchuk氏はBSNLに対し、ヌブラに加えて遠隔地であるヤルマ地域にも携帯電話サービスを稼動させることを求めており、また洪水により不通となったタクシャ、ハルガム及びコベットに電話回線が開通することも視野に入れている。

冬季に入る10月を目前とし、救助関係者は被災者への−30℃に達する冬季対策に関し地元行政や基金と何の合意にも達していないことを危惧している。国連の緊急コーディネーショングループの一員であるVikas Gora氏は「限られた時間と現在の土地状態において、地元の建築物資を収集し多くの家屋を再建することは、非常に難しい課題である。」としている。「目指しているのは地元のニーズに合致しつつも、より耐久性がありどのような災害にも対応できる、適切で永久的な家屋である。しかしこれらの目標を達成させるためには、既にそれらへの活動に着手していなければならないはずだ。」
救助関係者はラダックの被災者が冬季を越す手段として、最も基本的な冬季対策術が有効であると考えている。国際赤十字のインド代表John Roche氏によると、より質のよいテント、毛布、セーターのような防寒具の配布が一つの候補であり、また政府は住民がシェルターとして利用できる、学校などの公共施設を建設することを考えている。他の救助関係者は、冬季に空室となる市内のゲストハウスを住民に貸し出すよう政府が働きかける可能性も考慮すべきであると示唆している。
救助者や救援団体間で、コンクリートなどの丈夫な資材を使用した家屋を建設するか、あるいは現地の文化に根差した手法で再建するか、その計画に統一性が欠けている状況である。
災害後の建設事業を専門としている人道的組織であるSEEDS IndiaのAnshu Sharma氏は「地元の人々のニーズを満たすと共に永久的な家屋を建設することが最善の解決法であり、また可能である。」と述べている。

9月1日
インドのプラティバ・パティル大統領は被災地となったレーを訪れ、被災者に対し国が総力をあげて復興のため尽力することを確約し、また今回の救出及び復興作業におけるインド軍の功績をたたえた。彼女は訪問中被災者と交流し、自ら物資を配給した。被災者との面会後、救助にあたっているインド軍と会合し、今後も軍が人々の救出活動だけでなくレー・マナリ間及びレー・スリナガル間高速の復興においても重要な役割を果たすであろうと述べた。
パティル大統領は最も被害の大きかったチョグラムサルも訪問しキャンプで生活している家族と交流し、この緊急危機において国全体が彼らと共にあり、また中央政府と地方政府が共同で彼らの命を助けるため活動していくことを述べた。
マンモハン・シン首相と合流した大統領は、ラダックにおける救援/復興作業に今後も努力を惜しまないことを明言した。

マンモハン・シン首相は主要な報道機関に対し、今回のラダックの被災者の生活を再建するためには可能とされる支援を拡大する必要があることを発表した。シン首相は、ストレス下にあるラダック住民のこの困難な状況に対して多くの人々が国家努力の一部となることを呼びかけ、インド国内の全ての国民に対し“首相国家救援基金”に協力することを求めた。

8月31日
マレーシア・クアラルンプールから6名がボランティアでレーに入り、集中豪雨による洪水で被害を受けた家族や子どもたちへの支援にあたった。災害後、未だ適切な住居や衣服が入手できない状況にあるラダックの人々に対し、インド在住者を含むマレーシア人の有志者から収集されたランタン、シューズウェア、懐中電灯及び義援金が配給された。
チームリーダーのCharilie Chia Lui Mengによると、彼のチームは今回の災害ですべてを失ってしまった6〜14歳の孤児14名の支援者を募集しているほか、多くの復興作業における様々な局面において支援を必要としている人々へ義援金が行き届くよう、キャペーンを継続していくとのことである。
当チームは最も被害の大きかったチョグラムサルの19世帯に食糧を配給し、現在は村民が早期に農作業を復帰できるよう、畑の泥を除去するためのJCB(堀削機)の入手を試みている。

8月26日
ロシアでは、ラダックのレーに高地用グリーンハウスを設置する援助を開始することにした。これに関する覚書が、防衛研究開発機構(DRDO)のディレクター、プラモッド・シュクラ氏とNVツィティンにちなんで名づけられたロシア・サイエンス・アカデミーの主要植物園のアレクサンデル・デミドフ氏との間でモスクワにおいて署名された。
「この覚書で、高地用のグリーンハウスがロシアの技術によって、インドのラダック地方レーのような街に設置されることになりました。また、生物多様性、バイオ工学、バイオテクノロジーの分野に関する二つの組織も設置されます」とシュクラ氏は語った。
まずはじめに、ロシアのM/s ストロイ・プロジェクトの援助で3つのグリーンハウスが設置される。環境的に制御されたグリーンハウスでは、寒さに強い野菜の開発にも役立つと期待されている。
そして「医学や、健康の維持などをはじめとする、有益なテクノロジーのためにも使える稀少な植物や動植物も多く、これらのグリーンハウスに集める予定です。これらの共同研究のプロジェクトは高地で作業するわれわれの軍人だけでなく、一般市民にも有益です」と強調した。
DRDOは、ヒマラヤ地方に適した生態系の持続が可能な環境にやさしい農業技術の開発に関する共同研究のための新たな覚書をモスクワ州立大学との間で署名した。

※以上は、インドのニュースをまとめたものです。



     Vol.53 ラダックで起こった集中豪雨の理由とは    2010/9/1
8月26日のインドのニュースに、集中豪雨が起こった理由が発表されました。

科学者たちは、ラダック地方レーの過去5年間の気象データの詳しい分析をし、この地域を襲った最近の豪雨は、気象の変化にともなう冬の長期化が原因だとした。
「8月6日の豪雨に至るまでの気象現象を検証すると、今回の大惨事は、この地域の冬の長期化が原因している」と、レーのDIHAR(高地研究のための防衛研究所)の関係者が語った。
ラダックは、通常降雨量が少なく、豪雨が発生するのは普通ではない。そこで、防衛省傘下の研究機関は、ラダックで豪雨が引き起こされた理由を調査した。
「ラダックの気候変動とレーでの豪雨の原因の調査」に関する最近の会議でDIHARのディレクター、サシ・バラ氏をリーダーとする科学者が、過去5年間の月別の気温、降水量、湿度、降雪量の気象データを分析したと、匿名を条件に関係者が語った。

この調査は、平地での暑い夏季の気温上昇が水分の蒸発量を増やし、それが山間部での雲の形成の増加につながったことを示した。
「こういった条件により、ラダックで雪が降る期間が過去に比べて長くなった」データの量が少ないために、この現象が直接気候変動に関係しているかどうかはわからないとしながらも、「ラダックでの冬の期間は長くなった」と専門家は結論づけた。

6、7月の異常な位の強い日射は雪を解かし、湿度50%の例年に比べ、今年は相対湿度72%という高い湿度であったと科学者は語った。
利用可能なデータに基づいて、気候の変化をたどると、「雪が潜熱も吸収するので、月々の最高気温と最低気温は低い値にとどまり、2006年から前年まで急激な気温の上昇はみられなかった」と語った。「低い温度と高い相対湿度が、谷間に密度の高い低い雲を発生させました。
これらの雲は密度の高い蒸気を含み、氷河を通り過ぎる時に、さらに蒸気が圧縮されました。そして雲は、最終的に豪雨をもたらすことになる水蒸気を留めておくことができなくなりました。」とミーティングで発表された。

※以上は、インドのニュースをまとめたものです。

 

    Vol.52 ラダック洪水関連ニュース    2010/8/30
8月29日
・ヒマーチャル・プラデシュ州のラホールとスピティの住民は、ラダックの人々に対し結束の意を表し、洪水被災者への義援金として33万1,210ルピーを寄付し、彼らの復興を望んでいる。

8月28日
・ジャンムー・カシミール州政府知事のNarinder Nath Vohra氏はラダック地方の境界ラインの安全状況と、軍によって実施されている救援、救出活動の様子を視察し、ラダック副行政局長のT・Angchok氏と面会し、家や畑の早期復興の必要性強調した。
・インド−チベット境界警察(ITBP)は28日、175万ルピーを洪水被害への復興支援金として援助した。当警察の所長Ranjit Kumar Bhatiaは、「我々の最初のユニットが結成したのは50年近く前のラダックの地であり、インド−チベット境界警察はラダックに対し情緒的つながりを感じている」と述べている。

8月27日
・ヒマーチャル・プラデシュ州政府は、1.01クロールルピー(約2000万円)を被災者への義援金として寄付することを発表。

※以上は、インドのニュースをまとめたものです。

 

     Vol.51 ラダック洪水の被害状況6    2010/8/27
8月26日
・首相執務室は8月26日、洪水の被害にあったレー及びカルギルのインフラ再建と被災者の回復に努めるため工業的援助を実施することを決定し、冬季以前にインフラ設備の再建が終了するようインド内関連会社と予定を組み立てている。
関連会社は既に支援的事業を拡大しており復興のためにできる限りを尽くすとして政府と合意している。首相執務室は州政府に対し今月末までにより具体的な復興計画の作成と提出を求めている。

8月24日
・国家司法サービス局のVirender Singh司法官は21日の会議のため2日間レーに滞在し、レーの洪水被災者に対する法的支援に携わる現地のコア・グループが同機構の計画に則った働きをしているか調査した。会議には現地の司法、警察、医療に携わる関係者が出席し、国家司法サービス局が示す19の介入戦略項目に即して現地グループが活動しているか詳細に話し合われた。同グループによると、現段階では19項目中以下4項目が達成されたとしている。すなわち、政府及び非政府組織から被災者への支援確保、被災者へのヘルスケアと衛生面に関する管理と感染症の予防、食糧・医薬品・飲料水の確保、支援可能な親近者を失った老人や障がい者の回復サポートである。
そのほか議題になったトピックとしては、孤児の身元確認や彼らのリハビリ、告訴前の案件の調停、被災者に対する救援物資配給の透明性、発表された期限内に復興支援を実施することの確約、被災者に関わる懸案に対する適切な法的サポートの提供が挙げられる。
Singh司法官は地区の司法サービス局に対しそれぞれの救援キャンプに意見箱を設置し、被災者の提案や要望、不満などを回収しすべての可能な解決に向けて努力する意思を示すよう求めた。
レー地区長官のTsering Angchok氏によると、現在までに地区行政機関は洪水により家を失った数百に及ぶ人々へのシェルター設置と彼らへの食糧や医薬品、日用品の供給を実施し、また“Art of Living(世界140ヶ国以上で教育や慈善活動を実施している、インドに本部をおくNGO)”から2名と現地の医師を派遣し心的トラウマを抱え、抑うつ傾向にある被災者への介入も行なっている。
・今回の洪水被害を受け、政府は今年のラダックフェスティバル(毎年9月1日〜15日、伝統的な衣装を纏ったダンス等が披露され外国からも多くの観光客が参加する)を開催しないことを決定した。

8月23日
・インドのプラティバ・パティル大統領は洪水による被災者の回復のため、10万ルピー(約20万円)を個人から首相国家救援基金へ寄附した。
・スポーツ連合大臣のMS Gill氏が、レー地区における復興のため国会議員地方開発基金から200万ルピー(400万円)を捻出することを発表した。 
・国家災害マネジメント機構は、レーの国家情報センターが同機構のレー事務所とデリー事務所のテレビ電話会合を毎日運営したことに感謝状を発行した。当センターの働きにより、現地の情報が逐一把握できたとしている。

8月19日
・シェイのThe Druk White Lotus Schoolは今回の洪水により孤児または家を失った子どもたちを滞在させ、教育の場を与えている。「多くの子どもたちが今回の集中豪雨で孤児になり、また家を失った。ホームレスになった家族の両親は子どもたちを養うことが難しくなったため、私たちが子どもたちの世話をし、学ぶ機会を与えている。」とドゥクパ派の人道軍、ラダック災害救援委員会“Live to Love”委員長のJampal Paul Thongが述べている。当学校はドゥクパ派の運営によるものであり、こういった子どもたちが卒業するための支援者を募っている。
当学校は環境にやさしく、また優れたデザインの建築物であることから表彰されており、今回の洪水においても窓や扉に損傷を受けたが建物の構造自体が損傷を受けることはなかった。今後も建築家の知見を得て、建築方法に関する今回の経験を一般の人々にも普及させたいとしている。

※以上は、インドのニュースをまとめたものです。

 

     Vol.50 ラダック洪水の被害状況5    2010/8/23
8月21日
・学校も再開し始め、洪水発生後多くのツアーがキャンセルされて外国人旅行客が減り、ラダックの収入の半分以上を委ねている観光業も大打撃を受けたが、少しずつではあるが観光客の姿も見えてきた。

 8月19日
・これまでに空軍は244回にわたり、361トンを超える救援物資、そして826名の人々を輸送した。2000人以上の軍人が、地上で救助、救援活動を引き続き行っている。

8月18日
・当会ソーラークッカー支援プロジェクトのカウンターパートのNGOであるLEDeGが救援活動を行っている全てのNGOに声をかけて会議を主催した。彼らは、外部から適切ではない物資や一時的なシェルターのための無駄なお金を使うことに警告し、伝統的な技術や知恵、地元の物質を使って恒久的な建物を建設する長期的な方法を推進した。

8月17日
・インドのマモハン・シン首相は洪水の被害を受けた地域を訪れ、影響を受けた家屋やビジネスなどをできるだけ早く再建するため、資金面でのサポートを約束した。
シン首相は、災害支援パッケージとして125クロールルピー(約25億円)の用意があることを発表し、“病院、学校、電気、道路をすぐに再建する。全ての復興作業は、この先2ヵ月半以内、冬が来る前に終わらせる。資金は問題ない。”と述べた。
・現在ヒンディー映画界最大のヒットメーカー・男優のAmir Khanがラダック入りし、彼の出演作にして昨年度インド最大のヒット映画『3 Idiots』の舞台となった学校(シェイのDruk White Lotus School)を訪問した。
・生存者の捜査が打ち切りとなり、ラダックの人々は、破壊された家屋の復旧と生活の再建にとりかかっている。

8月16日
・国民会議派(現インド中央与党)の次世代リーダー、Rahul Gandhi(インド初代首相ネヘルーのひ孫)がレーを訪問。

8月14日
・レー~マナリ、レー~スリナガルの道路が開通。
・LAHDC(ラダック自治山間開発会議:The Ladakh Autonomous Hill Development Council)では家を失った被災家族に、土地と恒久的なシェルターを供給することを発表。シェルターの確保前に、取り急ぎ700個のテントと5000枚の毛布を配布した。

8月13日
・現在のヒンディー映画界トップ女優の一人、Priyanka Chopraは幼少期の数年をラダックで過ごし、彼女らがSave the Childrenを通じたラダック災害支援を、インドのさまざまなメディアを通じて呼び掛けた。

※以上は、インドのニュースをまとめたものです。

 

    Vol.49  ラダック洪水の被害状況4    2010/8/13
    8月9日、ジャンムー・カシミール州の州首長が、ラダック地方に二度目の現地入りをし、視察と指揮を行い、彼は住民に生活必需品と医薬品の供給を保証した。

生活必需品を載せた150台のトラックと100キロのタンカーはコークサルと ケーロンで足止めされ、重要な必需品はヘリコプターによって供給されている。シルサからは、8トンの毛布とテントが2機のインド空軍機によって運ばれた。6トンのBSNL(国営電話)装置と15人の訓練された災害管理スペシャリストもまた到着した。軍のヘリコプターは交通が遮断されたピャン と ニェモで食料と医薬品を空中投下して供給した。

インド軍は救援活動を強化し、遠隔地で孤立している旅行者を安全な地域へヘリコプターで移送し、航空会社もまた、できるだけ早くレーから旅行者を非難させるため追加便を運行している。ラマユルから動けなかった外国人も、8月10日には無事に移送された。

マンモハン・シン首相は被災者に必要な救援を届けるよう国防省に指示し、10万ルピーを遺族に、5万ルピーを重症な被災者にそれぞれ救援金として支給すると述べた。

これまで、23名の外国人が洪水で命を失った。フランス人3名で、イタリア人1名、スペイン人1名、チベット人2名、そしてネパール人が16名である。日本人は連絡が取れていなかった8名全員の無事を確認している。

8月11日には、哀悼キャンドルマーチがレーのガソリンスタンドからメインバザールのチョカン寺まで行われ、仏教徒、キリスト教徒、イスラム教徒、ヒンドゥー教徒など何百人の人が参加した。

8月13日、ドゥクパの最高僧であるドゥクチェン・リンポチェがデリーからラダックに入り、チョカン寺にて特別な哀悼式がおこなれた。

現在では、死者数は200名近くなっており、まだ行方不明者が約400名いると言われ、軍人や地元政府、外国人ボランティアも救援活動を行っている。

道路状況は、インド軍の作業によりレーからワンラまでは通行可能になったようである。

※以上は、現地スタッフからの情報とニュースをまとめたものです。

     Vol.48  ラダック洪水各村の被害状況    2010/8/12
    8月4日の夜も雨が降っていたが、8月5日の夜レー全体で集中豪雨が発生し、主要な道路は橋が流されてしまったため、通行止めとなってしまった。

・レーでは、特にバスターミナル付近で多くの家が流され、お店やバスターミナル、電話会社、病院、ラジオ局、男子高校等などが大きな被害を受けた。
・大規模な被害はチョグラムサルで起こり、ITBP(インドチベット国境警察)の集合住宅は全て流されてしまい、死者も出た。チョグラムサルのメインマーケット、 ステートバンクインディア銀行の下の家は被害を受け、大きな石や泥が道路に流れ、多くの死体も泥の中に埋もれたままである。チョグラムサルでは、250から300軒の家が流されたと言われている。
・サブー村でもいくつかの家が流され死者も出た。
・ニモ村では7人のネパール人労働者とラダック人の男性と車が流された。
・ニェ村では母親と二人の子供が流されてしまった。
・スタクモ村でも数軒の家が流され、その結果シェイにも雨が流れ、ドゥルクパ カルポ学校が被害を受けている。幸運なことに全ての生徒は無事で、安全な場所に避難している。
・イグー村でも多くの家が流されたが、今のところ、死者は出ていない。
・ピャン村でも多くの家が流され、数人の死者もでている。
・テミスガン村とティア村でも多くの家が流され、橋も壊れてしまった。
・ワンラ村でも多くの家が流されたと言われている。
・スクルブチャン村も数軒の家が流され、3人の死者が出た。
・ハヌー村も同様な状況で、20軒が流された。

最新の報告によると、165人の死者を出し、400~500人がまだ行方不明とされている。軍、ITBP、自治政府、ラダック仏教協会 イスラム教協会、キリスト教協会、NGO、そしてジュレー・ラダックなど、多くの団体が救出作業をしている。

※以上は、現地スタッフからの情報を基にしています。

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また、8月11日には日本のメディアで邦人7名と連絡が取れないという報道があり、そのうち2名は当会のホームステイ参加者の女性でしたが、2名とも無事だという連絡も取れています。しかし、その後、連絡が取れていない邦人の数が増え、まだ7名と連絡を取れていない模様です。電話が徐々に復旧してきているので、情報も入りやすくなってくると思うので、早く安否の確認ができるよう、お祈り申し上げます。

 

     Vol.47  ラダックでの洪水被害2    2010/8/9
    軍や警察の活動により、チョグラムサルの道路も開通し、現在レーからカルーまでは車で行き来できる模様。チョグラムサルとレーでは2,000人の被害者のための仮設テントが作られ、食事も供給されている。

レーに近いピャンでは、橋が壊れており現在通行止めで、フェイでも30人の死者があり、仮設テントも200個ほど設置されている。

ラマユルでは、車が通れない関係で68名の観光客が現在も動けない状況にある。

インド空軍は、国営電話のBSNLのネットワーク、とりわけ携帯電話のネットワークを復旧させるため、サテライト受信機などを運んで復旧活動に取り掛かっている。インド空軍により6台の航空機がレーに到着し、合わせて29トンにもなる緊急物資を運んだ。

また、ジャンムー・カシミール州政府はショートメッセージサービス、SMSを再開させている。安全性の影響のため、SMSの利用は数か月前に禁止されていたが、この災害のために必要な連絡手段も皆無な状況のため、再開するにいたった。

※以上の状況は、インドでのニュースをまとめた情報です。

 

    Vol.46  ラダックでの洪水被害    2010/8/9
     5日木曜日の深夜、レーにて30分~1時間の集中豪雨により鉄砲水が発生。死者数は150名に達し、行方不明者もまだ数百名いる模様。レーでは、バスターミナル周辺の被害が大きく、近くの病院や電話会社、ラジオ局も被害があり、TV、ラジオ、電話のネットワークが遮断されてしまっている。Air telという携帯会社のみは使用可能だが、電話が込み合い非常に繋がりにくい状況である。レーから約14kmのチョグラムサルは、被害は最も大きいと言われている。現在30名の死体を埋葬し、行方不明者数を確認している。

軍や救援グループが出動し、救援物資、救助隊、公共保健のエキスパート1名、麻酔科医師、外科医師、整形外科医師それぞれ2名と薬剤5トン、救助犬をのせた6機の空軍機が7日土曜日、レーに到着。テントの設置を進めるほか、家を失った人々を学校や政府施設に移動させている。厳しい山地における重機の不足のため、当地を訪れていた観光客や現地の仏教徒も残骸の撤去や救援活動に参加しているが、救援活動中に殉死した警官や軍人もいる。軍は緊急物資の配給と救助キャンプの設置に尽力しており、兵士たちは崩壊した橋の代わりになるような一時的な橋の建設を始めている。

家々は残骸と化しその半分は軽泥に埋もれ、道路は乾いた山道のようになり、車は川の上を浮遊している。軍人達が救助に当たっているが、時間が経つにつれて泥が硬化し、行方不明者の捜索もかなり難航している。これまでのところ外国人の被災者は報告されておらず、観光客を帰還させるための当地から臨時のフライトも設定されている。土砂崩れにより、レー~スリナガルの道路と、レー~マナリの道路は両方通行止めとなっており、現在は空路でしかラダックにはいけない状況である。

レー、チョグラムサルの他、ピャン、ニンム、バスゴ等でも被害があり、道路が壊れてしまっているため、下ラダックには現在車が通れない状況である。レー付近では、昨日から車が通れるようになっている。
7日土曜の夜には、ハヌー、スクルブチャンにも集中豪雨が発生。
6日金曜日の朝、空港の滑走路にも流れ込んだ水のためにフライトは全てキャンセルされたが、7日より通常運行している。

昨日には、ジャムとウドハンプルからインド軍により航空運搬機が出され、救援物資や大型土木機材などの撤去作業に必要な重機が運搬された。

※以上の状況は、インドでのニュースをまとめた情報です。

 

     Vol.45  ダライ・ラマの来訪と説法    2010/7/26
       ここ何日間か、ヌブラ地方で、ダライ・ラマが説法を行っています。
ダライ・ラマは、20日夜にダラムサラからやって来て、サムタンリン・ゴンパ(僧院)に滞在し、21・22日に説法を行い、23日には車でヤルマ・ゴンパ(僧院) に行って説法を行い、24日朝にヘリコプターで戻ってきました。
25日朝には、新しく作られたマイトレーヤ・ブッダ像の落成式への参加と短い説法を行い、ヌブラの人々による伝統的な歌や踊りも披露されました。26・27日には ディスキット で一般市民への説法を行う予定です。
ダライ・ラマの説法を聞くために、ラダック中から何百人もの人々がやって来ました。

 

     Vol.44  6月下旬のラダックの様子    2010/6/30
       6月19日に、全ラダック学生活動委員会が、麻薬・喫煙・飲酒等に関する啓蒙のための特別行進を行いました。
メインマーケットを、何百人もの学生が、プラカードを持って行進しました。

毎年恒例のへミス祭が、6月21日?22日にかけて、へミス寺で行われ、チベット仏教・ドゥクパ・カギュ派の最高指導者が参列しました。
多くの外国人が、このお祭りに参加しました。

6月28日、マハボディ国際瞑想センターにおいて、仏教徒とイスラム教徒とが対話を行う、3日間にわたる台湾主催の国際会議が行われました。
(このセンターはレーにあり、グローバル・ファミリー・フォー・ラブ・アンド・ピース、ならびに、世界宗教博物館と連携しています)
多くの宗教指導者や、国内外の高僧が参加しました。

 

     Vol.43  リゾン・セ・リンポチェの来訪    2010/6/13
       2010年6月7日、人々から非常に尊敬されているリゾン・セ・リンポチェが、レー空港に降り立ち、ラダック史の中でも特別な日となりました。
あらゆる地域の宗教指導者や、レーの政治指導者たちが空港で出迎え、また、空港からチャンスパまでの道の両側に、学校の生徒たちが並んで、リンポチェを歓迎しました。
リゾン・セ・リンポチェは、ガンデン・ティパ(チベット仏教ゲルク派のラサ三大寺の1つ、ガンデン寺の座主職で、ゲルク派の首座)に選ばれた人物です(ラダックの出身 → 詳細(wikipedia))。
この位は、チベット仏教で非常に高位にあたるもので、彼の卓越した知見と学識により与えられました。

 

     Vol.42  ブッダの聖誕祭    2010/6/7
       5月27日に、ブッダの生まれた日、悟りを開いた日、亡くなった日という、三重の聖なる日を祈念する盛大なお祭りが、ラダックのレー市と周辺地域で催されました。
何百人もの学校の子ども達が、このお祭りに参加しました。
台車には、ブッダの生涯の主な出来事を描いた多くの描画や旗が掲げられ、その1番上で、子どもがパフォーマンスを行い、その後に、何百人もの子ども達の行列が続きました。
このパレードは、チョカン寺から始まり、私立ラムドン校に向かう大きな道路や、ツェモ寺/レー宮殿の裏側にあるカルドゥン通りを通って、最後は、特別な出来事がある時に、教えや講演を聞くために多くの人が集まる場所である、ポログラウンドで終わります。
子ども達は、劇を演じたり、歌を歌ったりして、お祭りに参加した学校間で、賞が分配されました。

今年、夏季に入ったラダックでは、突然、まったく予期していなかった降雪、降雨のあった地域がありました。 ヌブラ地方とパンゴン湖への道路が、降雪のために閉鎖されたままで、多くの旅行者が、この場所への訪問が困難な状況になりました。
さらに今年は、5月にダ・ハヌ地方で豪雨があり、人々が大変な状況に陥りました。

Deputy Commissioner(DC)として知られる、地方政府のトップが転任して、地方出身者(Nubra渓谷出身者)が(レー市で)新しいDCとして着任することになり、地方の人々は喜んでいます。

 

     Vol.41  道路開通と独立に向けた動き    2010/4/22
       冬の間、ラダックは道路閉鎖によって、インドの他地域から孤立した状態になっていましたが、4月16日、スリナガル(J&K州:ジャンムー・カシミール州の州都)とレーを結ぶ国道が小型車向けに開通し、人々は新鮮な野菜や果物を入手できるようになりました。
           
*新鮮な野菜や生活必需品は、市街地に住む人々のためのものです。
           
J&K州での第6回報酬委員会の実施を求める、全J&K職員組合によるストライキのため、約10日間、すべての官庁が閉まっていました。
3ヶ月以内に第6回報酬委員会を実施し、そこで(給料の)賃上げを行うという政府からの約束を得たことで、職員たちは仕事を再開しました。
           
ラダックには、2つの主要政党があります。インド国民会議派と、LUTF(Ladakh union territory front)と呼ばれる地元で作られた政党です。
議会が、ラダックのための UT(Union Territory)要求を与え、LUTFが UT status を得ることができれば、自治政府を持つことができ、ジャンムー・カシミール州の一部である必要はなくなります。
今日19日に、この問題についての大きな会合が開かれています。
           
*ラダックは、およそ40年前から、インドの憲法・法律下にある状況からの政治的分離独立を求めて戦ってきました。この戦いは、カシミールの政治や、公的受益者(とりわけ政府のプログラム)を扱う腐敗体質からの自由を得るためのものでもあります。
1989年以前は、状況は悪くなく、「ラダック地域のカシミールからの独立」の要求は、選挙時に、いくつかの政党や政治家が政治課題として取り上げるくらいのもので、それほど強いものではありませんでした。
しかし、カシミールのテロリズムの影響がラダックまで及び、ラダックの平和なコミュニティが、異なるコミュニティの(忌まわしき)一部になってしまうおそれが出るようになってから、独立の要求は強くなってきました。
今日では、誠実なラダック人の多くが、最終的にカシミールからの独立を果たすことが、この地方の平和と適切な発展にとって良い選択肢だという想いを抱いていると、私は思います。
しかし、この政治課題を取り上げている政治家や政党は、選挙時に自分たちに有利に働くように…という思惑だけでこの問題を捉えているので、地元の誠実なラダック人にとっては、嘆かわしい状態といえます。

           

 

     Vol.40  冬の終わり    2010/4/10
       ラダックでは、厳しい冬の季節が終わり、美しい夏の季節に入ったところです。いくつかの地域では農作業が始まり、木々が徐々に緑の葉をつけはじめています。
           
4/4に、レーのポログラウンドで、大きな会合がありました。この会合は、今年不足しそうなガスや食料などの生活必需品を要求するために、地元の議会メンバーによって開かれました。
           
この数日間、ジャンムー・カシミール州の職員が、第6回報酬委員会の実施を求めて、pendownと呼ばれるストライキを実施しているために、すべての官庁が閉まっています。

 

     Vol.39  僧院のお祭り    2010/2/8
       ラダックの数ある社会的・文化的行事の中で、仏教僧院で開かれる年に1度のお祭りは、最も重要な位置づけにあるもの(文化遺産)です。このお祭りは、特定の僧院設立や守護神の生誕、また、チベット仏教の歴史と発展における主要な出来事を祝うために開催されます。

レーの7km西にある ストピク村の小さな丘に建っているストピク僧院(古くからある最も大きな僧院の1つ)で、1月13・14日に、ストピクグストルと呼ばれるお祭りが開催されました。お祭りに参加するために、何千人もの人々が、伝統服を身にまとって集まりました(一部、外国人の姿も見られます)。このお祭りは、地元の人にとっては、宗教的な価値があるのと同時に、社会的な催しであり、観光客にとっては、ラダックの宗教・文化遺産の豊かさを体験するための良い機会になっています。

グストルとは、「九日施食」(9のつく日に行われる施餓鬼供養)のことで、スピトク僧院が信仰しているツォンカパ(チベット仏教・ゲルク派の始祖)の出生日を祝います。
スピトクグストルは、毎年チベット暦の11月28・29日(太陽暦の1月に当たります)に開かれます。お祭りのメイン・イベントは、Chhams と呼ばれる、ラマ僧が演じる神聖な舞踏劇で、洗練された振付けと、僧院楽団による神秘的な音楽の伴奏が特徴です。ここでの踊りは、悪霊の破壊を表したり、実体のない生命を演じたりするためだけでなく、僧院の守護神(yi-dam)や、信仰の守護者に捧げる儀式としての意味合いもあります。

僧院のお祭りは、たいてい2日間にわたって行われます。1日目は、Ser-kyem(金の神酒)の儀式が行われ、2日目(最終日)は、すべての悪霊を表す像が、1日の終わりに向けて燃やされていくというStor-maの儀式が行われます。

 

     Vol.38  恒例のアイスホッケー大会    2010/2/8
       毎年恒例の、hon’ble 統括評議員・アイスホッケー大会が今月開催され、男子8チーム、女子3チームが参加しました。
女子の決勝戦(SECMOL 対 SAICHEN)は、1月22日に行われ、SAICHEN が優勝。男子の決勝戦(ITBP 対 Ladakh Scouts)は、1月23日に行われ、ITBP が優勝。3位決定戦(Remo 対 Indian army teams)は、1月22日に行われ、Indian army teams が3位になりました。
2010年1月24?25日には、カナダ大使館とラダックチームによる特別親善試合も行われる予定です。

  *印(紫色)の部分は、代表スカルマからの補足コメントです。



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